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境界と井戸の底


Writer : matsushi


Type/ : 2021-09-18 / blog

「ガラパゴス」とは良い立脚点を見つけたものだと思います。
ガラパゴスの地平から見るといろんなパラダイムにおける自分たちの存在を客観的に捉えることができることに気がつきました。
そこは境界線といえるかも。
境界線とは不連続点の集まりであります。
断層を無理やりつないで線を引いたもの。
その線上にガラパゴスがある。
崖っぷちから見ると全く異なる二つの世界がある。

あるとき、その不連続点を掘り下げていったら奥行きがありワームホールのようにもう一つの世界があった。
裏返ったその世界はクラインの壺のように表の世界を支える無限境界の世界だ。
あくまでも滑らかで一切破綻のない曲線でできている。
ときどき壺の口に沿って重力場を登っていくと表の世界に出る。
そこは別の不連続点だ。

YouTubeが広げた情報空間は映像と音楽の融合に人々の意識を慣れさせた。
人が動くことが何より重視される。
それはマンガのように見る人を飽きさせず、中毒性をもたらす。
音楽の方もまた配信サイト含めて手軽に良質の音楽に触れることができ、人々はちょっとやそっとでは驚かなくなっている。
大衆の底上げをするとともに、均質化をもたらしている。

チャック ベリーはリズム アンド ブルースのリズムを極端に強調して単純な踊りをつけてみせた。
ジョン レノンはリバプールからアメリカ音楽に憧れを抱きながら、ロックンロールに潜むブルースフィーリングの魅力に取り憑かれた。
ジミ ヘンドリックスはアメリカのしがないブルースギタリストだったが、イギリスに再発見された。
ピンク フロイドは無意識に焦点を当て、ブルースギターの小節を2倍に引き伸ばすことで、神秘を表現した。

YouTubeは我々に何をもたらしてくれるだろう。
圧倒的な凡庸さと、傑出した才能が砂つぶのように凡庸さの大波に飲み込まれて跡形もなく海底に堆積するブランクトンの死骸に紛れる姿であろうか。

と、井戸の底にたたずみ我、思う。

©️PlanetWave